文化系の日々

日々の雑記

uh-huh

予定のない土曜日に映画を観に。

今回は、ジム・ジャームッシュ監督の「PATERSON」。

 

ジム・ジャームッシュトム・ウェイツジョン・ルーリーを教えてくれたし、作品もほぼ観ているはずだ。学生時代、ジム・ジャームッシュが好きだというと洒落た感じに思われるということで、観ていた部分もあるが、出会って本当に良かったと思う。ただ、最近の作品がそこまで好みではなかったので、映画館に観に行くか迷っていたが、このPATERSONに関しては、観に行ってほんとに良かった。

 

ストーリーは

パターソンに住むパターソンという名の男の7日間の物語

ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手のパターソン(アダム・ドライバー)。彼の1日は朝、隣に眠る妻ローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)にキスをして始まる。いつものように仕事に向かい、乗務をこなす中で、心に芽生える詩を秘密のノートに書きとめていく。帰宅して妻と夕食を取り、愛犬マーヴィンと夜の散歩。バーへ立ち寄り、1杯だけ飲んで帰宅しローラの隣で眠りにつく。そんな一見変わりのない毎日。パターソンの日々を、ユニークな人々との交流と、思いがけない出会いと共に描く、ユーモアと優しさに溢れた7日間の物語。

というはなし。

 

ほんとにこのようなストーリー。

あっというような結末がなどは待っておらず、充分すぎるほど適切に解説している。

ただ、この映画の大切なところは、その事実が意味することの周縁にあること。

 

本編の中で、度々登場する詩人ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの詩にこんな詩がある。

"THIS IS JUST TO SAY" 

 

I have eaten 

the plums

that were in

the icebox

and which

you were

probably

saving

for breakfast

Forgive me

they were delicious

so sweet

and so cold

奥さんが好きだと言って、映画ないでも朗読されるのだけれど。

 

これをただの文章にしてしまうと、

朝、冷蔵庫に入っていたすももを食べた。妻が残していたかもしれない。

といった風に味気のない内容になってしまう。

ただ、詩という一遍になると、こんなにも事実が意味することの周縁にたくさんのことが存在していることがわかる。

映画も同じで、ストーリーの文章の周縁にあることが、大事なことで、

そして、それをちゃんと掬い取れることが何よりも大事。

なんだか多幸感のある余韻を残してくれる映画だった。